2012年11月1日木曜日

 記憶の森

深い、深い森の中  ちいさな小屋がたっていて、そのすぐそばをちいさな小川が流れている。風景だけは、いつも鮮明に目の前に現れるのだけれども、人の姿をそこに見たことは未だない。多分、そこは 「記憶の森」。いつの記憶か、誰の記憶かさえもわからない。でも 何度も何度も 繰り返し現れるから、風のそよぎも 木々の匂いも みんなリアルに感じてしまう。
私にとってその森の風景は、懐かしい場所であり 還りたい場所ではあるけれども、決して立ち寄る事ができない場所 でもある。


そばによってみようか? という思いが、無いわけでもない。でも、踏みしめる落ち葉の音に、その世界が消えてしまうのでは と、不安になる。だから、私はいつも 足音を立てないようにして、ただ遠くからその風景を眺めている。
小屋の中ではきっと、住人が白い猫をひざに抱いて、ちいさな窓から外を眺めているのだろう。私は中に住むその人が、早くその扉を開けて、この緑豊かな森の庭に出てくればいいのにと、長年思っていた。
小川の水の 心地よい冷たさや、あたり一面に咲き誇る 色とりどりの花々、木々の隙間から降注ぐ きらきらとした陽のひかりたち。それらの中で、心から安心した その人の笑顔を見たいのだ。
森の奥のちいさな小屋の中で、その人は今、何を思って過ごしているのだろう?


それとも、本当はそこに住む人などは居なくて、そこは、これから私が行くべき場所なのだろうか?長い長い時間、その森はいつも変わらずに、ただ私を待っていてくれたのだとしたら?白い猫がひとりぼっちで、私の訪れをちいさく丸くなって、今でも待っているのだとしたら? 
それならば私は、これまでのただの傍観者 という立場ではなく、実際にその森に足を踏み入れなくてはならない ということになる。
自分の足音に、その森が消えてしまうのではないか、という恐怖心に打ち勝って。その森は誰かの森などではなくて、この私の森なのだ、という自信を持って。

ゆっくりと、ゆっくりと歩いて行って、閉ざされた小屋の扉を開けてみようか。
そして、今までとは逆向きの視点で、この森の風景を眺めてみるのだ。
果たせるだろうか?今の私に。
この記憶の森の住人となる、その愛しい夢を。













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